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本日の写仏体験です
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    本日は3名の方が写仏体験をして下さいました。 とっても丁寧に、慎重にお描きくださいました。 人柄が伺えますね!
    | ada-chi | 18:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    インド散骨のたびに至るまで…その2
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      インド散骨の旅に至るまで…その2 福岡県の花水木さんに義父母のお骨を送り出して1週間。 ゆうパックセキュリティで帰って来ました。 開けるとみっちりパッキンに包まれて、ダンボールに入った桐箱が。
      和紙のたとうに押花が施された名札がついてました。丁寧に開けてみると、白い袋に入ったお骨がきちっと包まれていました。 リクエストに応じて水溶紙か真空パックかその両方か、その袋に何袋に分けるかなど、細かいリクエストが出来ます。 私は川への散骨なので水溶紙に均等な量で包んで頂きました。

      作業報告書をみて、本当に驚きました! 預かったお骨の量から、無駄なものをどう、何個取り除いて、こうしてああして…と本当に丁寧に書かれていました。
      中身を取り出した後は郵便局さんがボックスを回収してくれ、送り返します。 あまりの仕事の丁寧さに、感動しました。 でなきゃブログやSNSにあげたりしませんよ。 これだけ丁寧に扱って頂いて、このお値段は破格だと感じました。(下世話な話でごめんなさい。) 花水木さんにお願いしてよかったです。 いや、私、業者の回し者ではありません!笑
      | ada-chi | 23:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      インド散骨の旅に至るまで…その1
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        インド散骨の旅に至るまで…その1 「私が死んだら、ガンジス川に流してちょうだい」 21年前、嫁に来た頃から玄さんに言われていた。 「やだ〜、お義母さんたらぁ…」なんて最初は可愛らしい嫁のような言い方ではぐらかしていたのでしたが、本人本気のご様子で、何度となく事あるごとに言われて来たわけ。 そしていよいよその時が来た。 1周忌が過ぎた。旦那は何の行動を起こす気配もなく、私は3回忌を視野に入れて動き出す頃、散骨するにはどうしたら良いのか調べ始めたの。 ネットで粉骨業者調べて資料を取り寄せて見たの。 粉骨機(石臼のようなもので自らの手でお骨を粉砕する機械)のレンタル、粉骨してお菓子の袋みたいなのにバサっと一袋に入れて送られてくる業者などなど。 そこで、見つけた花水木という福岡の粉骨業者さんに今回お願いをすることにしました。とても丁寧そうなホームページだったので。 早速依頼すると写真のようなケースが送られてきた。

        開けると書類やら諸々。とても丁寧に書いてあります。

        手順に沿って準備していきます。 お骨がこぼれないように骨壷をテープで止めて、間違えないように名札をつけて、箱に納め直し、GPS発信器をつけて送り出しました。


        1週間で戻ってくるのだそうです。 どう帰ってくるか… 次回へ続く
        | ada-chi | 09:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        インド日記10日目
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          インド日記 10日目2月13日 定刻通り遅れる事なくムンバイを出発した飛行機。デリーに着いてトランジットで私がなぜか引っかかる。結局私のカバンはほかの人が引っかかったカバンと間違えられていた事が判明。 そして、珍しく遅れる事なくデリーを出る国際線。移動と診査と検査とトイレと瞬間お土産屋をみてすぐ搭乗時刻。忙しいっ 7時間ほどのフライト、機内泊だったのに寝れませんで、結局映画「ベンジャミン・バトン」「ジェイソンボーン」観て帰ってきました。 先ほど8時に成田空港に着きました。
          団体行動はここまで。散会後は飛行機??バス?電車?、マイクロバス?で帰路に着きました。 どうやら我が家は水道管が完全凍結してしまったようです。やれやれ
          | ada-chi | 23:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          インド日記9日目
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            インド日記 9日目2月12日 前日ホテル着があまりにも遅すぎて、かつなかなかのいいホテルだったので、出発を遅らせ、ゆっくりと睡眠と準備と食事の時間を取り、9時半にホテルを出発する事に。ホテルの部屋はかなり先進的(??)で、シャワーは天井から降り注ぐタイプでガラス張りなお部屋でした。インド料理の朝ごはんもとっても美味しくて…満喫しました。 バスでホテルを出て、明るくなったムンバイの街はそれはそれは目新しく、面白いものでした。 デリーなど北インドとは全く雰囲気が違い、さすが、港町!貿易の拠点ですね。インドの輸出入の50?パーセントを占める大都市なのに、50パーセントがスラム街に住む貧困層。女性の就業率は80パーセント。ほかのインドの街とは全く違います。 景観もインド植民地時代の名残がたくさん! インド門、ムンバイの世界遺産、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅をみて、チャントラパティ・シヴァージー・マハーラージ・サングラハラヤ博物館をたっぷり観ました。 インド最後のランチはチャイニーズでしたが、なかなか美味しいお店でした。 さて、ムンバイからデリー経由で日本に戻りまーす!
            | ada-chi | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            インド日記8日目
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              インド日記 8日目2月11日 オーランガバードのホテルでゆっくり目の朝 インド綿が有名なオーランガバード、買い物したい人は9時に集まりお店へ。 お土産にコットンやシルクミックスのショール、工芸品などを各々値引き交渉を楽しみながらチャレンジ。 パッキングを済ませ、11時に世界遺産エローラ石窟へ出発。 デカン高原を走り抜け、エローラへ。 石窟まではあまり歩かなくてよかったので、高齢者もたっぷり楽しむことができました。 全34窟ある石窟にジャイナ教、ヒンズー教、仏教の寺院、僧院が並ぶエローラ。アジャンター以降、8世紀以降のもの。岩を掘り下げて彫る。3階建ての建物も。当時の大工さん?石屋さんの技術力ってすごい! ホテルに早めに戻り夕飯。明日誕生日の仲間にハッピーバースデー! そしてオーランガバードからムンバイへ移動しました。

              | ada-chi | 23:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              インド日記7日目
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                インド日記 7日目2月10日 オーランガバードから車で2時間半 デーブル山と言うくらい山頂か真っ平らのデカン高原標高1300mを走ります。 世界遺産のアジャンター石窟をゆっくり観光 健脚に自信のない方は4人の男性に担がれてスイスイ〜っと移動する中、自称健脚組は山道とのんびり登って… 数少ない仏教遺跡のアジャンター石窟。 紀元前2世紀頃に仏教僧達が雨を避けて修行が出来るように作られたもの。僧院と寺院が30の石窟の中にありました。いつの間にか長きにわたって忘れ去られていたこの石窟を虎刈りに来たイギリス人が発見して世に出たため、仏教壁画がたくさん綺麗な状態で見つかりました。5世紀頃にはペルシャ人の大使館もここにはあったそうで、天井画などはペルシャ様式もありました。 ホテルに戻り、夜はサリーを着て撮影会。 楽しい夜を過ごしました。

                | ada-chi | 22:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                インド日記6日目
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                  インド日記 6日目2月9日 夕方の飛行機までの時間を使ってデリー観光へ。 インド独立の父、マハートマー・ガンデイの墓(実際は ヒンズー教は墓を作りませんから、功績を讃えて火葬されたところに記念碑が建っています)ラージガハトを朝のお散歩にして始まり、17世紀の金融街、チャンドニーチョウク(チャンドニーは月、チョクウは道の意味)を通りながら、第一次世界大戦で戦死した兵士の慰霊碑、インド門をみて、レッドフォードへ。アグラからデリーへ都を移した6代王様シャージャハーンによってアグラ城を模して9年で築城したものです。 そして世界遺産フマーユーン廟は、ムガル帝国の第2代皇帝フマーユーンの墓廟。インドにおけるイスラーム建築の精華のひとつと評され、その建築スタイルはタージ・マハルにも影響を与えたといわれる。第2代皇帝の妃が王のために建造したという。赤砂岩と大理石の使い方が上手い。 お昼ご飯は胃腸疲れを考慮して中華料理に変更してもらい、辛くない料理にホッと一息された方も多かったでしょう。 ラストは、イスラム王朝によって800年前に建てられたモスクのミナレット、コーランの句が刻まれている、世界遺産のクトゥブミナール。 800年前から今に至っても1番高い建造物。元々は100mを超えていたが、150年前に飛行機がぶつかったとか(笑)なんらかの理由によって72.5mにまでなったとか。元々ここはヒンズー教とジャイナ教の大きな寺院があったところを、イスラム王朝が潰して、その建材を使って作ったのだそうです。すごい美しい建物なんだけど、その背景を思うとコメントに困ります。 デリー空港に移動して、また1時間遅れている飛行機に??乗って、夜オーランガバードに着きました。
                  | ada-chi | 22:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  インド日記5日目
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                    インド日記 5日目2月8日 午前中のうちにデリーに戻りました。 お昼はデリーでも人気のお店、Moti Mahal Delux。今まで食べたインド料理の中でもダントツ1位の美味しさでした! 午後はデリー国立博物館を見学。インダス文明のハラッパン時代の装飾や器、ハニワちゃんも観れました。そして美しい仏像の数々。写真オッケーだったので、素敵なモノはパシパシ撮っちゃいました。1時間では見切れなくて残念。 手ぬぐいを頭に巻いて、手足を清め、シーク教の寺院、バングラ.サヒーブを見学。 シーク教という宗教はインドだけにしかない宗教。イスラム教が大勢を占めはじめ、ヒンズー教が衰退の一途を辿る中、危機感を覚えた開祖がヒンズー教を守るために作り出した宗教なんだそう。シーク教は5つのK(いつでも戦えるように刀、身を守ることと自身の信仰心を守る意味で盾を意味する腕輪、一生切らない髪と髭(それをまとめるターバンはシーク教徒とすぐ分かるための目印、櫛、下着(いつでもすぐ行動を起こせるように)を身につけています。刀は近年セキュリティ上持ち歩けない事もあって、方々に行く人は持っていないことが多いそうです。 本尊はなく、その教えが何代にもわたってまとめられた1500ページにも及ぶ経本本体を拝みます。 そしてお寺では毎日ほぼフルタイムで貧しい人たち、それ以外にも求める人には誰にでも食事を提供します。それは参拝者、信者が進んで行う寄付(食材、お金など)で全て賄われ、動いているスタッフも皆ボランティア。今回行った寺院もキンキラキンに改装中。お寺が要求したのではなく、シーク教の教えに共感した人達からの有り余るほどの寄付によって今がある。 寺院の近くは物乞いも激しい物売りもいないのです。とても落ち着いた所です。安心して街中を歩けました。こんなに穏やに人々が生きている所がデリーにもあるんだなぁ。 夕食は富士屋という中華と和食のような店。 ここ、十数年前にインドに来て初めて食べたお店。水炊きが疲れた胃袋を癒してくれました。
                    | ada-chi | 22:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    インド日記4日目2
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                      インド日記 4日目2月7日その2 朝の散骨のセレモニーを終え、ひとまずホテルへ戻ります。 この日のためにインド旅の洗礼を受けていた人達もちょっとお疲れがでていたので、今日は希望者だけでお出かけにし、残った人は部屋で寝込んだり、アーユルヴェーダやヘナタトゥーを楽しんだりしました。 私もそっちもやりたかったけど、引率なのでお出かけに参加。 午前中はシルク工場に行き、ものすごい労力と精神力で織り上げていく仕事っぷりを見せてもらい、皆さん大切な人へのお土産を買ったり、インド記念にサリーを買ったりしました。 ホテルに戻りランチはバイキング 午後は普通車のタクシーに15人で分乗して、インドの民族文化の研究をはじめ様々な学びのしている巨大公立大学ヴァラナシヒンズー大学内のお寺、ヒンズー教の女神ドゥルガーを祀るドゥルガー寺院、 インドの地図が祀られているバートラマーター寺院を観ました。 16時45分に一度ホテルへ戻って細やかな休憩後メンバーチェンジで 17時30分、7人で2人乗りのリキシャ(チャリンコに2人乗りの力車)に分乗して、メッチャ埃まみれで体力使って(落ちないようにずっとつかまってないといけないのね)、再びガンジス河へ。 十年ほど前からベナレス観光の名物になったと言う日没後の炎を使ったお祈りの儀式、プージャを観に行きました。 9人のお坊さんがマントラを唱えながら炎を巧みに振り回し、ガンジス河に祈りを捧げます。 朝の風景とはまた違った凄い光景。 火葬ガートでは日中から火葬してまだ消え切らない炎も見え、家族総出で死者を見送る人々を見ながら、生きる者と死にゆく者との別れを拝見し、朝別れたばかりの義父母の事も重なり、涙が止まりませんでした。 プージャは盛大で、その周りもお祭りの様。 熱い信仰心に身が引き締まりました。 終了時間までいると帰りが大混雑で、事故ではなく事件が起こる事もある、と言う事で、少し早めに切り上げ、またリキシャに分乗してホテルへ戻りました。 20時半夕食。 ヘナタトゥーメンバー(10代1名、20代1名、30代2名、50代1名)の腕には全て違う模様が入り、素敵に仕上がってました。 アーユルヴェーダ人生初体験の3名(80代2名、70代1名)は、かなりの刺激的な体験に大興奮!あられもない姿での施術にびっくりした様です。お肌ツルッツルで溜まっていた疲労が一気に取れ、日本に帰ってもやりたーい!との事。よかったよかった! 翌日から移動がハードになるので、疲れた人達がゆっくりできてよかった。
                      | ada-chi | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

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